閉じた本が置かれた木の机にやわらかな朝の光が差し込む静かな空間

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「もっと学ばなければ」と思い続けた私が、本当に必要だったもの

本とノートを前に「もっと学ばなければ」と考える女性の後ろ姿

 

「もっと学ばなければ」と思い続けていました

 

もっと学ばなければ。

以前の私は、この言葉を何度も自分にかけていました。

 

もっと知識を身につければ、自信が持てるかもしれない。

もっと経験を積めば、不安はなくなるかもしれない。

もっと成長すれば、自分を好きになれるかもしれない。

そんな思いで、本を読み、講座へ通い、新しいことを学び続けてきました。

 

もちろん、その時間は今の私にとって大切な財産です。

学んできたことがあったからこそ、出会えた人も、見えるようになった世界もありました。

けれど今振り返ると、私はただ知識を求めていたのではありませんでした。

本当に欲しかったのは、

このままの私でも大丈夫。

と安心できる感覚だったのです。

学ぶことが悪かったわけではありません。

ただ私は、学びと一緒に、自分を否定し続けていたのだと思います。

 

もしあなたも、

もっと頑張らなければ。

もっと成長しなければ。

そう思い続けて疲れているなら、今日は少しだけ立ち止まって、一緒に考えてみませんか。

 

 

努力しても満たされなかった理由

 

積み重なった本とノートが学び続ける気持ちを表している様子

 

学び続けている人を見ると、向上心のある人に見えるかもしれません。

けれどその奥には、どうにかして安心したいという願いが隠れていることもあるのだと思います。

以前の私は、努力することが成長だと思っていました。

資格を取る。

本を読む。

セミナーへ参加する。

新しい知識を学ぶ。

そうやって一つずつ前へ進んでいるつもりでした。

 

学ぶこと自体は好きでした。

知らなかったことを知るのは楽しかったですし、できなかったことができるようになる喜びもありました。

けれど、何かを身につけた直後は少し安心しても、その感覚は長く続きませんでした。

一つ学べば、また次の課題が見つかります。

一つできるようになれば、もっとできる人が目に入ります。

ここまでで十分。

そう思える日は、なかなか来ませんでした。

 

心の奥には、いつも同じ言葉が残っていました。

まだ足りない。

今思えば、あの頃の私は怠けていたわけでも、向上心が足りなかったわけでもありません。

むしろ、安心したくて、必死に学び続けていたのだと思います。

 

努力している自分なら認めてもらえるかもしれない。

成長した自分なら好きになれるかもしれない。

そんな願いを抱えながら、私は学び続けていました。

 

 

学ぶほど「まだ足りない」が増えていきました

 

 

成長と自己否定を結びつけていた

 

学べば学ぶほど、知らないことが見えるようになります。

経験を重ねれば重ねるほど、自分よりできる人の存在にも気づきます。

それは、本来なら世界が広がっているということです。

けれど以前の私は、そのたびにこう受け取っていました。

だから私は、まだ足りない。

 

本を読めば、

まだ知らないことがある。

講座を受ければ、

まだできていないことがある。

誰かの成果を見れば、

私はここまでしかできていない。

成長するたびに自分の可能性を感じるのではなく、自分の不足を確認していたのです。

 

私は、成長することと、自分を否定することを結びつけていました。

足りないところを見つけることが、成長するために必要だと思っていたからです。

もっと前向きにならなければ。

もっと自信を持たなければ。

もっと行動できるようにならなければ。

もっと人に優しくならなければ。

 

その言葉は、一見すると向上心のように見えます。

でも、その土台には、

今の自分では足りない。

という前提がありました。

その前提に立っている限り、どれだけ成長しても安心することはできません。

一つ課題を乗り越えるたびに、次の足りないが見つかるからです。

 

成長することと、自分をまだ足りないと判断することは、本当は別のことでした。

けれど私は、その二つを長い間、同じものだと思っていたのです。

 

 

私が終わらせたかったのは「足りない自分」でした

 

 

知識ではなく安心を求めていた

 

あるとき、私は自分に問いかけました。

私は、なぜこんなに学び続けているのだろう。

本当に知りたいからなのだろうか。

それとも、学び続けなければ不安だからなのだろうか。

その問いに向き合ったとき、少しずつ見えてきたものがありました。

 

私は、知識を増やしたかっただけではありませんでした。

足りない自分を終わらせたかったのです。

もっと学べば、自信が持てる。

もっとできるようになれば、認めてもらえる。

もっと成長すれば、自分を好きになれる。

そう信じていたから、安心はいつも未来にありました。

 

でも、本当に必要だったのは、足りない自分を消すことではありませんでした。

あの頃の私も、そのときできる精一杯で生きていた。

怖さや不安を抱えながら、それでも前へ進もうとしていた。

そうやって、あの頃の自分を見ることだったのです。

私は知識を求めているようで、本当は安心を探していました。

もっとできる私になる前に、

今の私も、ここにいて大丈夫。

と感じられる場所を求めていたのです。

 

 

私には、学ぶことから離れる時間が必要でした

 

学ぶことから離れて立ち止まる時間を表す閉じた本と静かな机

 

「もっと学ばなければ」から降りてみる

 

学びは、不足感から始まることがあります。

このままではいけない。

もっとできるようにならなければ。

知らない自分は恥ずかしい。

周りに置いていかれたくない。

私自身も、長い間そうでした。

 

不足感から始まる学びには、大きな力があります。

だからこそ、たくさん行動できます。

でも、その力だけで走り続けると、心は休まりません。

学びをやめることが、自分の価値を失うことのように感じてしまうからです。

 

けれど、不足感から学んでいた自分を責める必要はありません。

その人は、怠けたくないから学んでいるのではありません。

安心したくて、一生懸命になっているのかもしれません。

もっと学ばなければと思っていたあの頃の私も、自分を苦しめたかったわけではありませんでした。

どうにかして、自分を大丈夫な場所まで連れていこうとしていたのです。

 

 

学ぶことも、学ばないことも選べるようになった

 

 

安心できる感覚が少しずつ育ったとき、私はすぐに新しいことを学びたいとは思いませんでした。

むしろ、

もう、しばらく学ばなくてもいい。

そう思いました。

 

学ぶことを嫌いになったわけではありません。

もっと学ばなければ大丈夫になれないという生き方から、いったん降りたかったのだと思います。

立ち止まってみると、外から集めてきた答えではなく、自分の中にある気持ちが少しずつ聞こえるようになりました。

学び続けてもいい。

今は休んでもいい。

すでに持っているものを確かめてもいい。

何が必要なのかを、自分で選べること。

それが、私にとっての安心でした。

 

学ばない時期は、何も育っていない時間ではありません。

土の中で根が休み、次にどこへ伸びるのかを確かめているような時間もあるのだと思います。

 

土から芽吹いた新芽が自然に育つ様子

 

「ここまでで十分」は成長を止める言葉ではありません

 

 

以前の私は、

ここまでで十分。

と言われると、成長をやめることのように感じていました。

でも、本当は逆でした。

ここまでで十分とは、

完成したという評価ではありません。

今の自分を否定しなくても、次へ進んでいい。

という前提なのだと思います。

今の自分にも価値がある。

まだ知らないことがあっても、ここにいていい。

失敗しても、挑戦したことまで間違いにはならない。

その前提があると、学びは義務ではなく選択になります。

 

植物は、今の大きさに価値がないから育つのではありません。

今の姿のまま、光や水を受け取りながら、自然に次の姿へと育っていきます。

人も同じなのかもしれません。

今の自分を否定しなくなったとき、人は自分で次の一歩を選べるようになります。

ここまでで十分は、安心して自分の人生を選び直すための土台なのです。

 

木漏れ日の差し込む静かな森が安心できる環境を表している風景

 

あなたは、何のために学んでいますか

 

 

もし今、

もっと学ばなければ。

もっと変わらなければ。

もっと成長しなければ。

そう思い続けているなら、一度だけ自分に問いかけてみてください。

 

私は、何のために学んでいるのだろう。

 

知らないことを知りたいからでしょうか。

育てたい未来があるからでしょうか。

それとも、

今の自分では足りないと思っているからでしょうか。

 

不足感から始まる学びが悪いわけではありません。

そのときのあなたも、きっと精一杯だったはずです。

でも、これから学びとどう関わるかは、自分で選び直せます。

学び続けてもいい。

今は立ち止まってもいい。

すでに持っているものを確かめてもいい。

認められるためではなく、心が動いたものを知るために学んでもいい。

 

本当に必要だったのは、もっと学ぶことではありませんでした。

必要だったのは、自分をもっと責めることではなく、

今の自分にも価値があると感じられる安心でした。

 

人は、欠けているから育つのではありません。

安心できる土壌の中で、その人に必要なタイミングで、本来持っている力を育てていくのだと思います。

 

 

あなたも「まだ足りない」と思い続けていませんか?

 

 

私自身も以前は、

もっと変わらなければ。

もっと学ばなければ。

そう思い続けていました。

でも、本当に必要だったのは、誰かの正解を増やすことではありませんでした。

 

安心して自分の気持ちに戻ると、

私は今、本当に何を必要としているのだろう。

そんな問いが、少しずつ自分の中から生まれてきます。

 

many many smileyでは、誰かの正解を教えるのではなく、あなた自身が本来の答えに戻れる時間を大切にしています。

もし今、

このままでいいのだろうか。

もっと頑張らなければ。

そう感じているなら、一人で答えを出そうとせず、自分の気持ちをゆっくり見つめる時間をつくってみませんか。

 

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  • この記事を書いた人

藤井千恵

頑張るほど苦しかった。
「私が悪いのかな」
そう思っていた私が、
自分との関係を育てることで、
本来の自分に戻り、
人生を少しずつ選べるようになりました。
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豊かさを思い出す場所です。

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