自分を優先しても安心できる心のつくり方
目次
自分を守ろうとすると罪悪感が出る理由
断ろうとしたとき。
距離を取りたいと思ったとき。
無理だと感じたとき。
NOを言おうとすると、
胸の奥がざわっとすることがあります。
申し訳ない
冷たい人だと思われそう
相手を傷つけてしまうかもしれない
そんな気持ちが一気に押し寄せてきて、
結局、何も言えなくなる。
私は長いあいだ、
それを自分の性格の問題だと思っていました。
境界線を引くことが「危険」だった体験

子どもの頃、
私は「嫌だ」「悲しい」を出したとき、
突き放されました。
理由を聞かれることもなく、
気持ちに触れられることもなく、
「行きなさい。いつまで泣いてるの」
そう言われたあの瞬間。
私の中には、
ひとつの結びつきができました。
感情を出す=つながりを失う
と。
子どもの頃、
私は同じ夢を何度も見ていました。
母が、
私を置いてどこかへ行ってしまう夢。
追いかけても、
声を出しても、
振り返ってはくれない。
目が覚めると、
胸が苦しくて、
体が冷たくなっていました。
あの夢は、
実際に起きた出来事というより、
「置いていかれるかもしれない」という感覚が、
何度も体に再生されていたものだったと思います。
今なら分かります。
あの夢を見ていた私は、
泣きたかったのではなく、
つながっていたかったのだと。
罪悪感は優しさではなく警報だった
だから私は学びました。
泣かない方がいい
嫌だと言わない方がいい
迷惑をかけない方がいい
そうすれば、
誰かのそばにいられる。
この学びは、
大人になってからも静かに働き続けます。
NOを言おうとした瞬間、
体が反射的にブレーキをかける。
それは、
「また突き放されるかもしれない」
という、過去の記憶からの警報でした。
嫌だと言ったら、
ここにいられなくなる。
境界線を引いたら、
ひとりになる。
だから体は、
罪悪感という形で私を止めようとしました。
それは、
私を守るための反応でした。
罪悪感の正体は「つながりを失う恐怖」

罪悪感の正体は、
「悪いことをしている」感覚ではありません。
本当は、
つながりを失う恐怖でした。
境界線を引くとき、
私たちは無意識に問いかけています。
「それでも、ここにいていい?」
「嫌だと言っても、離れない?」
この問いにYESと答えてもらえなかった体験があると、
罪悪感はとても強くなります。
だから、
境界線を引くたびに胸が痛むのは、
あなたが冷たいからでも、
自分勝手だからでもありません。
関係を大切にしてきたからです。
昔は、それが危険だった。
という記憶が、
体に残っているだけ。
怒りが内側に向かうと自己否定になる
NOを言おうとすると苦しくなる
境界線を引くと悪い気がする
相手が不機嫌だと自分のせいにする
罪悪感は、
生き延びてきた証でした。
本当は、
怒ってよかった。
傷ついたと言ってよかった。
でも、
それを出した先にあるのが
さらなる疎外や裁きだと感じていたら、
人は怒りを外に出せません。
代わりに自分を悪者にする方が、安全なのです。
こうして、
怒り➡️内側に折り返される
不安➡️自己否定になる
という流れが、
静かに出来上がっていきました。
大人になった今も、
似た反応が起きることがあります。
誰かの表情が曇っただけで、
「私、何かしたかな」
と考えてしまう。
何も言われていなくても、
心の中で自分を裁いてしまう。
罪悪感が強い人は、優しすぎるのではありません。
ずっと安全に気を配ってきた人です。
NOを言っても関係が壊れない体験

数年前、
私は思い切ってNOを言ったことがあります。
断ったら、
嫌われると思っていました。
関係が壊れると思っていました。
でも、
何も起きませんでした。
相手は怒らず、
離れていかず、
私はそこにい続けることができました。
そのことに、
私はとても驚きました。
NOを言っても許される、
という現実を、
私はそれまで知らなかったのだと思います。
子どもの頃に学んだ
NO=置いていかれる
という感覚が、
このとき、
少しだけ書き換えられました。
まずは自分の中で境界線を引く
私は、
罪悪感を消そうとはしていません。
NOを言うことと、
関係を壊すことは、
本当は別のことです。
でも、
それを区別できるようになるには、
時間が必要でした。
まずは、
外にNOを出さなくていい。
ただ、
今、無理だった
今、疲れている
今、嫌だった
そう、
自分の中で境界線を引く。
その繰り返しで、
体は少しづつ「今は安全だ」と学び直していきます。
我慢と怒りは同じ目的を持っていた
我慢と怒りは、
矛盾しているようで、
実は同じ目的を持っていました。
自分を守ること。
尊厳を失わないこと。
ただ、
表に出す道が選べなかっただけ。
だから、
内側で静かに共存していた。
我慢してきた自分は、今も味方です

境界線は、
関係を壊すものではありません。
自分を守りながら、関係を続けるための線。
でも、
怒りや理不尽さの中で育った私には、
そう感じられなかった。
だから、罪悪感が出てきた。
それは、
かつて私を守ってくれた古いサインだったのです。
ここまで読んで、
もしあなたが
「私も、
自分を責める癖がある」
と感じたなら。
それは、
あなたが悪いからではありません。
裁かれないように、
ちゃんと生きてきただけです。
我慢してきた自分も、
反発していた心も、
どちらもあなたの一部です。
どちらかを否定しなくていい。
どちらかを正そうとしなくていい。
ずっと我慢してたね
本当は納得してなかったね
それでも、よく生きてきたね
反発していた心を含めて、
自分を分断しない。
今はもう一人で耐えなくていいと伝えていく。
それだけで、
体の緊張が少し緩むことがあります。
次回につながる話
次回は、
「自分を優先すると、なぜ怖くなるのか」
について書きます。
境界線の奥にある、
「自分を後回しにしてきた理由」を、
さらに深く見ていきます。
最後に
もしこの記事を読んで、
「境界線を引くと苦しくなる」
「自分を守ろうとすると、悪い気がする」
そんな感覚に心当たりがあったなら。
それは、あなたが間違っているからではありません。
守らなければならない世界で、
ずっと一人で踏ん張ってきただけです。
この連載が、
罪悪感を責める場所ではなく、
静かに手放していく場所になれたら嬉しいです。
連載|自分に戻るプロセス
この連載では、
NOが言えなかった理由
境界線と罪悪感
自分を優先できない心理
について、体験をもとに書いています。
▶︎前回の記事
NOを言えなかった私へ
https://manymanysmiley.net/why-cant-say-no/
▶︎次の回はこちら
▶︎連載一覧
https://manymanysmiley.net/category/return-to-self/
