これは、特別な人の話ではありません。
私が、自分の人生を振り返って気づいたことです。
私はずっと、どこかで思っていました。
「認められて初めて、私はここにいていい」
「可愛がられて初めて、居場所がある」
その感覚は、とても深く、静かに、
でも確実に、私の人生の土台になっていました。
目次
居てはいけないかもしれない、という前提で生きてきた

今ならわかります。
私は心のどこかで、
「私はそのままで居てはいけない存在かもしれない」
と感じていたのだと思います。
父に認められ、褒められることは、ほとんどありませんでした。
その代わりに私は、
見放されないように、自分を繋いできたのだと思います。
怒らせないように
失望させないように
問題にならないように
目立たない位置にいられるように
褒められなくても仕方ない。
期待されなくてもいい。
ただ、切られない位置にはいようと。
「完璧にやらないと見放される」という思い込み
認められないことへの不安は、
気持ちの問題でも、心の弱さでもありませんでした。
私の中には、もっと根深い前提があったのです。
私は長い間、無意識にこの前提で生きていました。
完璧でいなければ、
ちゃんとしていなければ、
役に立っていなければ、
私は簡単に見放されてしまうのではないか。
だから、力を抜くことができなかった。
失敗することが怖かった。
「大丈夫だよ」と言われても、
どこかで信じきれなかったのです。
でも今なら、はっきり言えます。
この思い込みは、
私を苦しめるために生まれたものではありませんでした。
いわゆる「完璧主義」と言われる状態も
私にとっては性格ではなく、
見放されずに生きるため、
安心して存在するために身につけた「精一杯の知恵」だったのです。
父に認められたかった気持ちに、初めて気づいた日

あるとき、ふと気づきました。
私は父に認められたかったのだと。
それは後悔でも、執着でもありませんでした。
「どうしてあのとき分かってくれなかったんだろう」
という怒りでもありません。
ただ、静かに
「ああ、そうだったんだ」
と腑に落ちる感覚でした。
子どもにとって、
親に認められることは、
愛情以上に「安全」なのだと思います。
ここにいていい。
生きていていい。
存在していい。
その保証があるかどうかは、
子どもの世界では、とても大きなことでした。
父が悪かった、という話ではありません。
父なりに、精一杯だったのだと思います。
そして私は、
私なりに生き延びる方法を選んだ。
それだけのことだったのだと、
今は思えます。
私は、
正しくあろうとしてきました。
間違えないように。
期待を外さないように。
それは評価を得るためではなく、
関係を失わないためだったのだと思います。
「証明で生きる人生」を終えても、世界は壊れなかった
あるとき、ふっと、こんな事実に気づきました。
完璧じゃなくても、私は許されていた
認められなくても、私はこの場にいられた
それに気づいた瞬間、
胸の奥にあった力が、少しだけ抜けた気がしました。
世界は、何も変わっていません。
でも、
私の見ている世界が、
少しやわらいだように感じました。
いわゆる「完璧主義を手放す」という言葉は、
私にとっては、
何かをやめることではなく、
許されている感覚に戻ることでした。
そのとき、心の奥から
こんな言葉が浮かびました。
「私は証明することで生きてきたんだ」
それは後悔ではなく、
自分への理解でした。
証明をやめたあと、人生は静かになった

「証明で生きる人生」を終えたあと、
最初に訪れたのは、
達成感でも、解放感でもありませんでした。
それは、静けさでした。
何かを頑張らなくてもいい時間。
何者かにならなくてもいい余白。
これまで張りつめていた糸が、
ふっと緩んだような感覚。
それは、
前に進んだというより、
ゴールに辿り着いて、立ち止まれた感覚でした。
もう、
走り続けなくていい。
そのとき、
「もう大丈夫だ」と、
心ではなく、
身体が先に緩んだのだと思います。
走り続けてきた緊張が
解ける場所に、
やっと辿り着いた感覚でした。
許可をもらわなくても、生きていい人生へ
以前の私は、いつもどこかで許可を探していました。
これをしてもいい?
ここにいてもいい?
嫌われない?
今は、少しづつ変わってきています。
無理に話さなくてもいい
気が利かなくてもいい
今やりたいことをしていい
存在するのに、条件がいらなくなった。
それだけで、人生は驚くほど軽くなりました。
揺れても、戻ってこられる感覚がある
もう揺れなくなったわけではありません。
比べてしまう日もある。
評価が気になる日もある。
でも今は、こう言えます。
「揺れても、私は戻ってこられる」
それが、以前との決定的な違いです。
もう、存在を証明しなくていい
私はこれまで、
存在するために、人生を使ってきました。
でもこれからは、
生きるために、人生を使っていい。
もう、合格を待たなくてもいい。
もう、選ばれなくてもいい。
もう、完璧でなくていい。
最後に
もし今、
いつも頑張ってしまう人
ちゃんとしていない自分が怖い人
認められないと不安になる人
がこの文章を読んでいたら、伝えたいです。
あなたがここにいるために、何かを証明する必要はありません。
あなたは、
もう居ていい場所に、ちゃんと立っています。
あなたは今、
何を証明しようとして、生きていますか?
