窓からの光に包まれながら内面と向き合う女性|自己否定や我慢から解放されるプロセス

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分かり合えない悲しさの中で、私は自分に戻った|我慢してきた人が本当の自分を取り戻すまでの記録

分かり合えなかった感覚を抱えてきた私へ

 

こんなふうに感じたことはありませんか。

 

分かってほしかったのに、

どこかで届かなかった感覚。

 

大切に思っているのに、

なぜか分かり合えない距離。

 

私は長いあいだ、

その感覚をどう扱っていいか分かりませんでした。

 

ただ、

消えることはありませんでした。

 

分かり合えなかった感覚とは何だったのか

 

薄暗い部屋に差し込むやわらかな光|罪悪感と向き合いながら安心へと変わっていくイメージ

 

今の私は、

父も母も、私を大切に思っていくれていたと感じています。

 

それは、

抱きしめられた記憶でも、

言葉で分かってもらえた記憶でもなく、

 

何かを買ってもらったときに、

やっと実感できるものでした。

 

そのときの物を、

私は大人になるまでずっと手放せずにいました。

 

それは執着ではなく、

確かに愛情を感じられた記憶を、

なくしたくなかったからだと思います。

 

同時に、

分かり合えなかった感覚も、

確かにそこにありました。

 

私は長い間、

家族をどこかでのように感じていました。

 

憎んでいたからではなく、

一番必要な存在だったから

 

子供にとって親は、

深く分かってほしい存在です。

 

だからこそ、

分かり合えないと感じたとき、

 

それはただの違いではなく、

届かなかったという感覚として残りました。

 

期待がある場所でしか、

人は深く傷つかないのです。

 

分かり合えなかった悲しさの正体

 

あのとき、

私が求めていたのは、

説明でも、正しさでもありませんでした。

 

まだ言葉になっていなかった感覚を、

ただ、

そのまま受け取ってもらえること

 

「そう感じているんだね」

その一言でよかったのだと思います。

 

楽しかった時間も、

確かにありました。

 

でも、

それだけでは足りませんでした。

 

泣いても

嫌だと言っても

 

それでも

私はここにいていいと思える感覚。

 

それが、

私には少し遠いものでした。

 

なぜ信頼できなかったのか

 

静かな水面に広がる波紋|心の変化や内面の揺れがやさしく広がっていくイメージ

 

子どもは

言葉よりも空気を感じています。

 

具合が悪い時。

学校に行けないとき。

 

心配より先に、

困った空気を感じていました。

 

本音を出すと困らせる

自分は負担になる

 

だから私は、

心を閉じることで、

関係を守ろうとしていました

 

それは、

間違いではありませんでした。

 

本当は、

とても悲しかった。

 

でもその悲しさを、

誰かと分かち合うことはできず、

一人で抱え続けていたのだと思います。

 

こうした我慢してしまう理由については、

こちらでも詳しく書いています。

▶︎我慢してしまう本当の理由

 

怒りの奥にあった、繰り返される悲しさ

 

後になって気付いたのは、

その分かり合えない悲しさが、

別の場所で反応していたことでした。

 

コミュニティや、

職場での人間関係。

 

相手の正しさが強い

話しても、深いところが交わらない

違和感が、存在しないものとして扱われる

そんな場面で、

強い怒りや嫌悪感を感じていました。

 

今なら分かります。

 

あれは、

相手を責めたかったわけではなく、

「またここでも分かり合えない」という

慣れ親しんだ悲しさだったのだと思います。

 

分かってもらえなかったことと愛は別だった

 

柔らかな光に包まれた自然の小道|安心して自分に戻る感覚と心が整っていくイメージ

 

あるとき、

私はひとつの現実に立ちました。

 

もしかしたら母は、

私が一番つながりたかった深さを、

これからも理解しないかもしれない。

 

その可能性を、

初めてそのまま見ました。

 

不思議と、

絶望はありませんでした。

 

ただ、静かでした。

 

そのとき、

分かりました。

 

分かってもらえなかったことと、

愛されていなかったことは、

同じではなかったのだと

 

大切に思われていたことも、

確かにあった。

 

でも同時に、

分かり合えなかった部分もあった。

 

「想ってくれていること」と

「子どもが愛を感じる形」

が同じではなかった。

 

どちらも、

本物でした。

 

数年前、

ジャーナリングをしていたときのことです。

 

ふと、

父が大好きだった

という気持ちが出てきました。

 

自分でも、驚きました。

 

理不尽だと感じていたこともあった。

分かり合えなかった感覚もあった。

 

それでも、

確かに好きだった気持ちもあった。

 

どちらかが正しくて、

どちらかが間違いなのではなく、

 

どちらも、

本当だったのだと思います。

 

それを同時に持てたとき、

不思議と心が静かになりました。

 

自分に戻るとはどういうことか

 

もしかしたら、

悲しい時間だけは、

自分に戻れていたのかもしれない。

 

調整しなくていい

先を読まなくていい

ちゃんとしなくていい

説明しなくていい

ただ、

感じている自分の内側にとどまっていられた

 

だから悲しみは、

敵ではなく

足を引っ張るものでもなく

乗り越える対象でもなく

きっと、

自分の場所に戻れる唯一の扉だった。

 

子どもの頃の私が欲しかったのは

戻れる場所

だったのかもしれません。

 

外で

失敗しても

泣いても

怒っても

それでも

「大丈夫。ここに戻ってきていいよ」

と言ってくれる場所。

 

私は弱かったのではなく、

守りながら生きていた。

 

そのことを、

ようやく自分で分かってあげられたのだと思います。

 

本当の自立とは何か

 

ある日、

やっと自立できた気がする

と感じました。

 

それは、

一人で強くなったという意味ではありません。

 

自分が何に傷つき、

何に苦しんでいたのかを、

自分で分かってあげられた

という感覚でした。

 

心を開けなかった理由を理解できたことで、

分かってほしいという期待が、

静かにほどけていった。

 

我慢してきたことは間違いではなかった

 

以前の私は、

なぜ心を開けないのか分からない状態でした。

 

だから、

自分がおかしいのでは?

弱いのでは?

どうしたらいいの?

無意識に自分を責めていました。

 

でも、

こうなる理由があったんだ

という理解が起きた。

 

私は間違っていなかった

守ろうとしていたんだ

これでよかったんだ

初めて自分に対して安心が生まれた

 

分かってもらえなくてもいい、

という諦めではなく、

全てを分かってもらえなくても大丈夫だと思えた。

 

すると、

不思議と関係は

以前よりも楽になっていきました。

 

両親を信頼できるようになった、

というより

自分の感覚を否定しなくなったのかもしれません。

 

私はこう感じている。

それでいい。

 

その場所に戻れたとき、

関係は少しづつ変わっていきました。

 

誰かが変わったわけではなく、

私が、自分を見失わなくなったから。

 

私にとっての自立は

強くなることではなく

戦うことでもなく、

自分に戻ること

でした。

 

自分が苦しくなると気づいたとき、

もう無理に合わせなくていい

と自分の感覚に戻れる。

人に心を開くかどうかを

自分で選べる。

 

その場所に戻れたとき、

不思議と、

人との関係も

少しずつ変わっていきました。

 

安心して、自分のままでいられる人生へ

 

森の中で分かれる道|自分を守るための境界線と選択を象徴するやわらかな風景

 

分かり合えなかったことがあっても、

関係はそれだけで壊れるものではありませんでした。

 

人を大切にできる。

でも、自分も同じように大切にしていい

 

力を抜いて生きられる

安心して人と関われる

私は私の人生を生きている実感

 

合わせるか、距離を取るかの二択ではなく

安心できる関係を選んでいくという選択。

 

無理に分かり合おうとしなくなったとき、

関係は静かに、楽になっていきました。

 

これから先、

分かち合える人と、

分かち合える深さでつながっていくのかもしれません

 

それは、

頑張って手にいれるものではなく、

 

自分に戻ることで、

自然にひらいていくものなのだと思います。

 

連載を読んでくださった方へ

 

ここまで読んでくださり、

ありがとうございました。

 

もしこの連載のどこかで、

言葉にならない違和感

怒りの奥にある悲しさ

「私も、わかってもらえなかったのかもしれない」という感覚

に触れた方がいたら。

 

無理に答えを出さなくて大丈夫です。

気づけたこと自体が、

もう十分すぎるほどの一歩です。

 

それは、

あなたが弱いからでも、

歪んでいるからでもありません。

 

あなたの心が、生き延びるために

最善を尽くしてきた証です。

 

答えをださなくていい。

前向きにならなくていい。

 

ただ、

私の人生には、

説明されるべきことが起きていた

そう扱ってあげてください。

 

それだけで、

心は少し静かになります。

 

もしかしたら、

この記事を読んで

自分も子どもに同じような思いをさせていたかもしれない

と感じた方もいるかもしれません。

 

でもそれは、

間違っていたということではなく、

そのときの自分なりに、

大切に関わろうとしていた証なのだと思います。

 

そして、

今こうして気づけていること自体が、

もう関係が変わり始めているサインなのかもしれません。

 

子どもにとって大切なのは、

完璧な関わりではなく、

安心して戻れる関係です。

 

だからこそ、

今ここから、

少しづつ関わり方を変えていくことは、

これからの関係を、

やさしく育てていく力になるのだと思います。

 

最後に

 

この連載は、

何かを解決するためのものではありません。

 

「自分に戻る」という感覚を、

思い出すための記録です。

 

もし今、

少しでも自分の感覚に戻れた気がしたなら、

それは、もう十分すぎるほどの変化です

 

もしこの感覚をもう少し整理したい方は

▶︎自分がわからないと感じる方へ

 

ここで、

この連載は一区切りとします。

 

この連載が、

誰かの人生を

責めるものから、理解するものへ

戻すきっかけになっていたら嬉しいです。

 

ここまで読んでくださったあなたは、

すでに

自分に戻る力を持っています。

 

もし今、

少しでもこの感覚を見てみたい

言葉にしてみたい

そんなタイミングにいるなら

その気持ちを大切にしてあげてください🍀

 

体験セッションでは

言葉にならなかった感覚を

やさしく整理していきます。

 

あなたにとって分かってほしかったことは、何でしたか?

 

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前向きにならなくていい。 答えを出さなくてもいい。「今の自分に戻るための場所」

このLINEでは、 がんばらなくてもいい時間を大切にしています。 前向きになれない日も、 何も決めたくない日も、 そのままのあなたで大丈夫。 自分のペースを思い出すための やさしい言葉をお届けします。

  • この記事を書いた人

藤井千恵

安心を土台に、 自分に戻る感覚を取り戻していくサポートをしています。
答えを出すことや、 前向きになることを急がず、 人生を全体として見渡す時間を大切にしています。

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